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蝉とアジサイ

semi
 
 
 
 
 
 
 
 昨日までの暑さがうそのよう。梅雨に戻ったような空模様と涼しい風は、体を休ませるには良い加減かな。新聞を取りに行った坊やが、「おっきなセミさんがいたよ」という。ポストのそばを見ると、緑の陰に抜け殻一つ。こんな日に、アジサイの葉を旅立ちの場にするとは、風流なセミもいたもんだね。
 眼の部分の緑が印象的。どうやらミンミンゼミらしい。羽化するのは7年目の夏だから、ちょうどこの家が立った年の生まれ。ところが家人は「7年前にアジサイはなかった」という。隣の杏はさらに後に植えた木だし、さて、一体どこから来たのやら。坊やは「ジェットモグラになって、山から来たんだよ」なんて言ってるけど、まさかねぇ。
 いずれにせよ、7年も土の中で過ごした彼が初めて見た地上の緑。宇宙から地球を眺めるのと同じくらいの感動だったろう。今ごろは旅先でもっと居心地のよい緑を見つけて、大きな鳴き声を張り上げているにちがいない。
 さあ来週は我が家も夏休み。どこの緑に飛んで行こうかな。

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山歩きの神さま

dousojin

 
 
 
 
 


 北鎌倉・六国見山は定番の散歩道。草に埋まった横道に足を進めていくと突然お寺の境内に出たり、戦時の防空壕が現れたり飽きることがない。寺の小僧の抜け道か、なさぬ仲の男女の逢瀬の道か。山に隠された過去に散歩者の夢想はふくらんでいく。 
 散歩の友は切り株に置かれたお地蔵さま。顔が三面あるから、ひょっとすると山歩きの安全を祈願する三面観音かな。かなり古いものに見えるが愛らしい。梅雨の雨のせいか、顔が砕けてしまったので、5月ごろの雄姿をアップする。
 散歩途中で出会う彼の拍子抜けするほど穏やかな表情に、坊やは「ナ~ム~」と手を合わせる。近隣の人も大事にしていたようで、お供え物は絶えることがなかった。
 最近、六国見山は開発で森を削られ、散歩の楽しみは減るばかり。道案内の彼が姿を消したくなっても不思議はない。無残な姿を見てそう感じるのは、私だけだろうか。

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すももの紅

sumomo

 

 
 
 
 
 
 
  「きょうはカラスの声がよく聞こえるなぁ」。ベッドでうつらうつら感じていた庭の喧騒が、悲劇の始まりだった。しばらくして、事件に気づいた家人が庭に飛び出したが、もはや手遅れ。すもも、ほとんど喰われてしまった。先月からずっと楽しみにしていたのに、呆然。
 今年は初めての豊作で、驚くほどたわわに実っていた。まだ少し実が硬いので、収穫を待っていたのが失敗。家人には「網をかけたら」と言っていたのに…。
 それにしても、昨日まで果実に見向きもしなかったカラスがなぜ、突然襲来してきたのか。彼らも一番美味しい日を待っていたとしか思えないね。実を突っついて確かめるはずもない彼らが、その日を決めるポイントはおそらく色。私たちには先月から美味しそうな深紅だったけど、人間には知覚不能の美味しさ光線でもあるのかな。
 家人は気を取り直して、彼らの落し物を拾ってジャム作りを始めた。わずかに残った果実にかじりつけば、強い酸味にますます強まる悔しい思い。

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Passion

passion

 寝坊の家人が最近は妙に早起きをする。ようやく改心したかと喜んでいたが、目的があるらしい。一番大事にしている果樹が開花の時期を迎え、受粉に忙しいという。
 パッションフルーツ、またの名を時計草。原産地の南米では、花の姿がキリストと後光に見えるらしいが、私には時計の方がふさわしく感じる。そして、果実はやっぱり熱情のパッション。スプーンで種とジュースを掬い取る場面を想像するだけで、口中は甘酸っぱい香りで一杯になる。
 さて、家人。普段ならのんびり花を愛でる彼女だが、この花は時限装置に見えるらしい。時計の針にあたる雌しべはぼやぼやしていると首をもたげ、3本合わさり閉じてしまう。それまでに受粉させなければ果実は実らない。なるほど必死に早起きするわけだ。
 「これ何時何分?」。花の姿を面白がっている坊やのそばで、目を吊り上げて受粉させている家人。彼女の熱情にはまったく感服するけれど、少し口元が緩む梅雨の朝。
 

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桑とカタツムリ

katatumuri

 梅雨の谷戸歩きは、水の魅力にあふれている。水量が増え、速さを増したせせらぎの音。雨のしずくに包まれた花と緑。木々の向こうから訪れてくる霧。枝をくぐりながら歩いていると、背中に水滴がポタポタ落ちる。自分にも水気が加わって、新鮮な気持ちを取り戻す。足元は多少ぬかるんでいるけれど、坊やは長靴を履くのが楽しいらしい。
 いつも休憩場所にしている桑の木には、露に包まれた果実が紫に輝いていた。こんな日は露ごと口に放り込んで、みずみずしさを味わうのがお決まり。澄んだ味わいになる上、森の生命力まで取り込んだ気がする。家人と坊やも枝に取り付いてほおばっている。まるで虫だね。きょうは甘いとか苦いとか批評されて、桑の木はどんな気分だろう。
 突然、坊やが声を張り上げた。「おっきいカタツムリさんだよ」。指の先には直径4-5センチの大物。彼の目的は桑の葉なのだろうが、坊やは「カタツムリさんも桑の実食べに来たのかな」なんて言っている。彼らの季節の一番美味しい果実。本当に食べたら楽しいね。
 

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